2011年12月23日金曜日

8歳の誕生日



 今日はレイアの8歳の誕生日。そして今日から学校は冬休み。こちらでは子供の誕生日は、かなり派手にお祝いをするので、映画館、美術館、博物館、ボーリング場、動物園、水族館など、さまざまなところで誕生日をお祝いするためのプログラムが組まれています。動物園でお祝いすると、特別にいろんな動物に触らせてもらえたりするという特典がついたりして人気です。
 でも12月に動物園で祝うのは、少々寒すぎます。どこか屋内の施設?もしくは家に手品師でも呼ぶ?でも10人(!)の子供達を家に招くのはかなり大変。。。
 いろいろ考えた結果、レイアが「お料理教室」でしてみたいというので、今年は「お料理教室」に決定しました。普段は子供向けの「料理教室」を開いている料理の先生が、その教室で子供達と一緒にお料理を作ってくれるのです。
 さてさて、それで今日は10人の女の子達と一緒にお料理してきたのです。私もお手伝いとして参加しましたよ。何を作ったのかって?「ブロッコリー・クリームスープ」、「ラザニア」、そしてデザートに「チョコプリンと果物」というコースメニュー。
 ジャガイモの皮をむいたり、ブロッコリーを切ったりするのを、横でひやひやしながら見ていましたが、皆一生懸命、頑張っていました。家ではめったにやらせてもらえない事。子供達は真剣な眼差しで、野菜や果物と格闘していました(?)。
 そして、味付けの段階では10人全員が味見をさせてもらい、塩、こしょうを入れるだけで、魔法のようにぐんとお料理が美味しくなることを、学んでいました。
 10人の女の子と一緒にいるのは、とっても楽しいこと。でも同時にとっても大変!お誕生日が一年に一回で良かった。。。いやいや、とにかくレイアはとっても楽しいお誕生日を過ごしました。お友達と楽しそうにしているレイアを見るのは嬉しいことです。
 また新しい一年、健康でそして楽しく過ごしてね、レイア。

2011年12月13日火曜日

オーマのベスト


私の母親から小包が届きました。子供達へのクリスマスプレゼントと、手作りのベスト。クリスマスプレゼントの方は、すぐに地下室に隠しました。でもベストはクリスマスを待たずに着せました。暗くて寒いこの時期に、オーマの愛情が織り込まれたベストは体を暖めてくれるでしょう。

2011年12月10日土曜日

サンタさんへの手紙

この時期、子供達はサンタさんにお手紙を書きます。クリスマスに欲しい物をお願いするためです。昨日、机の片隅に、レイアが書いたサンタさんへのお手紙を見つけて、こっそり読みました。
レイアはドイツ語でお手紙を書いていますが、私が訳しました。

   親愛なるサンタさん、
  私がお願いするのは、あなたが来てくれることだけです。
  プレゼントは何でも構いません。
  でも、できれば女の子用のおもちゃがいいです。
              レイア

Lieber Weihnachtsmann,
ich wuensche mir nur, dass du kommst.
Was du mir schenkst, ist mir egal.
Ich moechte aber Maedchen Sachen.
Deine Reia

2011年12月6日火曜日

クリスマス・マーケット


 今日は小学校が早く終わったので、レイアと私、それからレイアの親友パミダとパミダのママのヒンガミと四人でデュッセルドルフ旧市街のクリスマス・マーケットに出かけた。クリスマス・マーケットとはアドベントの時期に、「ロウソク」やら「くるみ割り人形」をはじめ、主に手作りの伝統的なクリスマス商品が、(昨今はあまりクリスマスに関係のないものもある)居並ぶ可愛らしい屋台に売り出されるもの。グリュウワイン(ホットワイン)やカラメルをまぶした煎りアーモンドなんていうのも、クリスマス・マーケットにはかかせないものだ。
 車を運転していったので、残念ながらグリュウワインは飲めなかったけど、グリュウワインの屋台でココアを飲んだ。熱くてミルクたっぷりのココアは、冷えた体をぽかぽかを暖めてくれた。
 この時期、デュッセルドルフではいろんな場所にクリスマスマーケットが出るのだけれど、旧市街のマーケットは、旧市庁舎の前の広場に立つので、伝統的なクリスマスの雰囲気を楽しむことができる。寒かったけど、四人で見回って、とても楽しかったな。
(後ろのおばちゃん達は、グリュウワインを飲んでで盛り上がっている。)

2011年11月27日日曜日

待降節


 今日は第一待降節。クリスマスまでの準備期間というか、クリスマスを心待ちにする日々が始まったということ。アドベント・クランツ(リース)に並ぶ四本のロウソクの一本に火を灯す。
 でも今年はまだアドベント・クランツを買っていなかったので、とりあえず家にあるロウソクに火を灯した。そしてクリスマス市で買ってきたお星様の飾りを窓辺に吊り下げた。
 先週一週間は、たくさん買い物に出かけた。子供達がアドベントの時期に毎日一つずつ扉を開けてゆける「アドベント・カレンダー」も購入したし、子供達へのクリスマスプレゼントもほぼ買い終えた。ちょっと安心。これからの時期、デパートはプレゼントを買う人たちで込み合う上に、どんどん商品は消えていくので、早い目に買い揃えておくと、安心なのです。

2011年11月17日木曜日

トウマの作品


トウマが絵の教室で作った作品です。ハリネズミとカタツムリが森で遊んでいるのかな?なんだかとっても楽しそう!

2011年11月15日火曜日

マルティン祭

どんどん寒く、どんどん暗くなってゆく11月、子供達の楽しみはマルティン祭だ。道で凍えていた乞食に惜しみなく自分のマントの半分を与えたという聖マルティンのお話にちなんだお祭り。昨年は雨に悩まされたけれど、今年は素晴らしいお天気に恵まれた。
 この時期、それぞれの幼稚園、小学校がマルティン祭を行なうので、夕闇が迫る頃になると、ラテルネ(ちょうちん)を持った子供達が行き交う。
 お祭りの最初は学校に集合し、それから皆で行列になって、楽隊とともに歌いながら行進する。「空には星が輝き、地上には私達のラテルネが光っている」というのは歌の一節。暗闇の中をゆっくりと光の束が行進してゆく。ラテルネ(ちょうちん)の行進をした後は、校庭で火を囲んで、ちょっとした劇が行なわれる。それでお祭りはおしまい。でもお祭りの後に、子供達は近所の家々を訪ねて回り、歌を歌ってはお菓子をもらう。ちょっとアメリカのハロウィーンみたいに。老人達は特に、子供達が来るのを待っていて、たくさんのお菓子を用意してくれている。レイアも友達と一緒に、お菓子集めにでかけた。そして袋いっぱいに、お菓子とみかんを集めて帰ってきた。トウマはその日、具合がよくなくて、家で寝ていたのだけど、そのお菓子の山を見て、随分元気が出たようだった。
 写真は、ねずみちゃんのラテルネがトウマが幼稚園で作ったもの。宮殿のようなのは、レイアが学校で作成したフンデルトヴァッサー(ウィーンの建築家)風ラテルネ。みかんとお菓子はレイアが集めてきたもの。

2011年11月8日火曜日

秋休み

 お日さまがきらきら輝いている。でも冷気は体を刺すようで、冬が到来しつつあることを感じる。
 先週、先々週は学校が秋休みだった。ドイツには二週間の秋休みなるものがある。なんでかな?日本人にしてみれば、休みが多すぎるように思えるんだけど、やっぱり休みがあるとこちらもゆったりした気分になるから嬉しい。
 さて、秋休みの週末、お友達の家族が遊びに来てくれた。いっぱい話をして、いっぱい笑った。レイアもトウマもとても楽しそうだった。
 赤ちゃんのYちゃんは8ヶ月。にこっと笑う顔が、なんとも言えず可愛くて、笑ってくれる度に、嬉しくなった。おテテもアンヨもぷくぷくして柔らかくて、その感触がものすごく懐かしくて涙が出そうになった。
 トウマはいつのまに赤ちゃんじゃなくなったんだろ?子供は本当に、あっという間に、大きくなってゆく。もっともっと時間を大切にしなくては。
 
 皆で、ネアンデルタール博物館に行った。ウチから20分もかからないところにあるのに、訪れたことがなかった。そう、あの教科書に出てきたネアンデルタール人が発掘された場所です。高校時代に習った知識はもう随分ぼやけていたけれど、それでも自分が習ったこととは違うことがたくさん書いてあることには気付いた。昨今の分子生物学の発展のお陰で今までの説がいろいろ覆されているようだ。例えばネアンデルタール人は現人類の直系の祖先ではないらしい。ネアンデルタール人はなぜかは分からないけれど絶滅してしまったようだ。
 皆で大昔に思いをはせるのも、なかなか愉快でした。子供達にとっては、昔というのがどれくらい昔なのか、想像がつかないと思うけれど、人間が進化してきた過程を、実物大の人形などの展示を通して見るのは楽しそうでした。

2011年10月19日水曜日

アントワープ

 週末、ベルギーのアントワープを訪れた。親友のYもデンマークからやってきた。昔は毎日顔を合わせては、何時間も話し続けていたのに、お互いに外国に出て暮らすようになってからは、会える機会も減ってしまった。デンマークとドイツは隣同士とはいえ、なかなか会うことは出来ない。ふと気付けば、もう6年ほど会っていなかった。
 レイアと同い年のJちゃん。そして初めて会うことの出来た5歳のMちゃん。とても仲の良い可愛い姉妹。レイアとJちゃんは、すぐに仲良くなって、一緒に腕を組んで歩いていた。ダイヤモンド博物館、チョコレート博物館、どれも楽しかったね。
 今度はもう少しゆっくりと会いたいね。
宮殿みたいに壮麗な中央駅
チョコレート博物館で、チョコレートのカエルにあまーいキス?
市庁舎

2011年10月5日水曜日


 ここ数週間、とても忙しかった。でもお日さまは、ご機嫌で、秋色に染まってきた世界をきらきらと美しく照らしていた。朝晩は冷え込むけれど、お昼は半袖でも過ごせるぐらいの陽気だった。
 日本語補習校の学校祭が二日間に渡り催された。お天気に恵まれ、大盛況。学校祭係としていろいろ働いてきた私は、ほっと一安心した。レイアも舞台発表の時には、宮沢賢治の『雨にもまけず』の詩を皆で暗唱したり、と大活躍だった。
 
 いろんな新しい習い事も始まった。トウマは絵の教室。レイアも一年間通ったけれど、絵を描いたり、工作をしたりする教室。絵を描く技術を習うのではなく、さまざまな色を使うことや、工作のアイディア、お話のワンシーンを形にする想像力のようなものを習う。上手、下手はあまり問題とされていない。
 後、近所で開かれている柔道教室をのぞいてみた。子供達は気に入った様子なので、ちょっと続けてみさせようかな、と思っている。

 今日はここ二週間のお天気が嘘のような曇天。何もかもが色褪せて見える。お日さまの力って本当に偉大だ。そうそう、写真はテントの中を覗いているトウマ。「なになに、何があるのかな?」
 日曜日に近所の広場に来ていた人形劇のテントです。ロボットの騎士のお話なんだけど、子供達は大うけしていたなぁ。ポップコーンを片手に大笑いしながら見ていた。
 

2011年9月19日月曜日

漢字テスト

 二学期が始まってから、忙しい日々が続いている。現地校の方では、新しい学年が始まったので、父母の役員も新たに選出し直さなくてはならないし、また種々の説明会もあって、先週、今週は夕方から学校へ行く機会が多い。
 日本語補習校のほうでは、今週末が学校祭なので、そちらも準備が大詰めだ。特に学校祭係の副リーダーをしているので、ストレスも多い。
 と、ちょっと疲れ気味の私。でも子供達はいたって元気だ。レイアは補習校の校内漢字検定で、98点を取ってきた。80点以上を取らないと、再試が行なわれるので、親も子も必死。98点。素晴らしい!頑張りました!拍手!
 さて、何を間違えたのかな? 「にく と さかな」という問題に、レイアの答えは「国 と 魚」。
にく を くに と読んじゃったのかぁ。。。 先生のコメント「意味を考えて書きましょう」。確かにその通りです。私、かなり笑ってしまいました。
 さて、合格したらぬいぐるみを買ってあげる約束をしていたんだ。何のぬいぐるみが欲しいのかな?

2011年9月4日日曜日

2011 夏休み 5 (広島)





 日本滞在ももう後4日となった日、子供達とオーマと一緒に広島へ行った。一番の目的は、広島へ行くことではなくて、「新幹線」に乗ること。トウマは電車が大好き。新幹線の本だってDVDだって、たくさん持っているのに、実際には乗ったことがなかった。そんなトウマのために、オーマが新幹線に乗って、日帰りで広島へ行くことを計画してくれた。でも原爆ドームを訪れたことのない私は、広島へ行けるのが密かに嬉しかった。
 さて、「N700系のぞみ」そして「さくら」。この車体を見て、ほれぼれするのは子供だけじゃないよね。ぐっーっと伸びた鼻先、ぴかぴかと光るボディが滑るようにホームに入ってくる。迫力満点。トウマは目をきらきらさせていた。
 2時間半乗ると、そこはもう広島。早いねー、全く。駅で「広島焼き」を食べてから、チンチン電車に乗って原爆ドームを見に行った。
 「百聞は一見に如かず」。まだ幼い子供達は「戦争がいかに恐ろしいものか」「原爆がどれほどひどく街を、人を、何もかもを破壊したのか」ということを語っても、うまく想像が出来ないし、現実に起こったこととして捉えられない。でも原爆ドームを見て、平和資料館を訪れた後、レイアはその原爆の酷さ、そして戦争の愚かさを少し理解してくれたことと思う。こういう機会を持つことは、子供にとって大切なこと。
 私の通っていた小学校では毎年、夏休みの登校日に、原爆体験者が全校生徒に自分の体験をお話してくれた。それは、私に確実に何かをもたらしたと思う。ドイツではそういうことをしないのかな?戦争の恐ろしさを子供の頃から知ることは大切だと思う。特に、自分も親も戦争を知らない世代にとっては。

 さて、今回の夏休みの記録はこれで終わり。上の写真は関空から飛び立つ前に、飛行機を眺める子供達。その日は私の40歳の誕生日だった。乗り換えのときのハプニングもあり、実際に時差の関係からも随分と長い誕生日だった。へとへとになって感傷も何もなく40歳に突入したけれど、これからも毎日を大切にしながら、生きてゆきたいな。

2011年9月2日金曜日

2011 夏休み 4 (白浜)


 8月13日、再び大阪に戻ってきて、数日してからカズは一人で先にドイツへ立った。カズが旅立つ前に皆で、鉄板焼きのステーキを食べに行ったな。これは毎度恒例の行事。
 ドイツに暮らしていて「日本に帰って何が一番食べたいか?」という質問されるときがあるけれど、私の答えは「新鮮な生魚と、やわらかい牛肉」。つまり「寿司とステーキ」。これがドイツでは食べられないものの筆頭だと思う。
 もちろん大阪人としては「うどん」だって食べたいし、他にも焼き魚だって、煮魚だって、お漬物だって、和菓子だって、もういろんなものを食べたい訳で、日本に帰ってくると、途端に太ってしまう。日本にいる皆様と会うときは、いつも太っているので私としても少々悲しいし、みっともなくて申し訳ないんだけど、こればかりはどうしようもない。だって、美味しいんだもの!!それにまた当分食べられないと思うと、浅ましいことにこれでもかってぐらい食べてしまう。まあ、いいや。
 とにかく大阪に帰ると、一度は鉄板焼きのおいしいステーキを食べに行く。目の前で焼いてくれるステーキは、迫力も満点。とにかく美味しい。レストランを出るときにはいつもお腹がぱんぱんだ。写真はレストランに昔から置かれている闘牛の剥製。私が子供だった頃から置かれている記憶があるけれど、それから何代目かの牛さんなんだろう。
 お盆も明けた週末、オーパ(私の父)とオーマ(私の母)が私達を白浜(和歌山)へ連れて行ってくれた。二年前に帰国したときも、子供達は白浜の海で遊んだけれど、今回は二人とも水中眼鏡をつけて潜ることも出来るようになったし、ますます海を楽しんだことと思う。海の中で、自分の足の下を泳ぐ魚を見つけたとき、レイアは大興奮だった。次に来るときは、岩場でも潜れるようになっているかな?砂浜とは違って、岩場にはたくさんの生物が生息していて面白いものね。砂浜とはまた違う楽しみがある。
 ああ、私にとって日本の夏の海がどんなに特別なものか、ということを思い出す。さまざまな日本の夏の光景は、海に遊びに行った時に脳裏に焼き付いたもの。砂浜の眩しさや、海の匂い、民宿で足を洗ったときの水道水の冷たさ、路地の影の濃さ、西瓜割り、虫の声。言葉では表現しつくせないもの。
 また次はいつ来れるかな。




2011年9月1日木曜日

2011 夏休み 3 (釧路)

 8月9日、電車に乗って旭川から釧路までやってきた。電車大好きのトウマは、電車に乗れるということで興奮していたのだけど、乗る電車があまり特急列車らしくない、銀色のごく普通の車体だったことにちょっとがっかりしていた。他の車線に停車している「ノロッコ号」の方を、羨ましそうに眺めていた。
 釧路に到着すると、旭川に較べてぐっと気温が下がったことにすぐに気が付いた。今年は釧路にしては、とても暑い夏らしいのだが、夕刻になると気温はすっと下がり、過ごしやすくなる。
 それから5日間。特別なことは何もしなかったけれど、とても楽しい、くつろいだ時を過ごした。子供達はいっぱい、いっぱい、おじいちゃんとおばあちゃん、そして従兄弟のユウ君と遊んだ。
 昼には外でプールに入り、日が暮れると花火をした。ネズミ花火には大人も子供も大興奮だった。暗闇を火花がしゅるしゅると動き回って、最後にバンッと爆発する。昔は怖くてしょうがなかったけど、大人になって見てみると、面白い。子供達もギャーと悲鳴を上げながら見ていた。きっと忘れないだろう。
 近所の盆踊りに参加できたのも楽しかった。盆踊りを見たのは何年ぶりだろう。昔、子供の時には近所の小さな小さな盆踊りに毎年参加していた。大きくて派手で洗練されている「お祭り」も好きだけど、小さな盆踊りの中に、より濃く日本の土着の文化が残っているような気がして、盆踊りの音を聞き、ぼんやりと光る提灯の列を眺めると、たまらなく懐かしい感じが私にはする。
 トウマもレイアも見よう見まねで、嬉しそうに踊っていた。盆踊りの踊りは決して難くはない。子供から老人までが一緒に踊れる踊りというのも、世界では珍しいかもしれない。



2011年8月31日水曜日

2011 夏休み 2 (旭山動物園)

 8月6日、私達は旭川へ飛んだ。関西空港から出る飛行機が約一時間遅れて出発したために、旭川空港からバスでようやくホテルへと到着した時には、おじいちゃん、おばあちゃんが首を長くして待っていた。
 従兄弟のユウ君もホテルのロビーで待っていてくれた。2歳半の可愛らしいやんちゃ坊主になっている。二年前に会ったときには、まだ寝返りもしない赤ちゃんだったのに!
 その晩は、義父の古希を和風居酒屋さんでお祝いした。義父はまだ70歳ではないのだけれど、皆で集まる機会もなかなかないので、ということ。子供達は食事もそこそこに、お座敷を奇声をあげながら走り回った。落ち着いた雰囲気の良い居酒屋さんだったのになぁ。まあ、まだ子供達とゆっくり外食を楽しむには時間が必要なんだ。
 次の日は、人気の旭山動物園を訪れた。快晴。猛暑。北海道でこんなに暑いのか?きっと本州の人は、北海道はどこでもかなり涼しいと思っているに違いないけれど、北海道でも夏に暑くなる地方は結構あるらしい。中でも旭川付近はかなり暑いようだ。
 猛暑の動物園。これはキツイ。一体何本のペットボトルを空にしたことか。少し見ては休憩。少し見てはアイス。という感じだった。でもうわさに違わず、アザラシ館やホッキョクグマ館は素晴らしかった。動物たちが楽しげに泳ぐ様子を間近で見ることができた。ホッキョクグマが私の目の前で、くるりと水中で向きを変え、そして泳ぎながら私の方をじっと見てくれたことに感動した。目と目がしっかりと合った。あちらは、毎日人間の顔をいやと言うほど見ているんだろうけれど、私はクマと目を合わせたのは初体験だったので、何だか嬉しかった。
 その次の日には、電車で旭川からカズの実家である釧路へと皆で移動した。
楽しそうに泳ぐホッキョクグマ
カキ氷、初めて食べたよ。「美味しい!うっ、頭痛い!」とトウマ。
従兄弟のユウ君。ソフトクリームをとても大事に最後の一滴まで落とさずに食べました。
カメラマン、レイア
お昼ごはんの後で。
「暑いー!まぶしいー!!」

2011年8月29日月曜日

2011 夏休み 1

 昨日、大阪からデュッセルドルフに帰ってきた。残暑厳しい大阪から、ヘルシンキを経てデュッセルドルフへ。途中のヘルシンキでの乗り換えは、旅券審査が混んでいたために、次の飛行機にはぎりぎりのところで間に合った。空港内を子供二人を連れて、全速力で駆け抜けた。こけそうになりながらも、混雑する人ごみの中を、子供達は懸命に付いて来てくれた。子供達も随分たくましくなったものだ、と後になって感心した。
 へとへとになりながらも、無事に降り立ったデュッセルドルフでは、肌寒い夕刻の風が吹いていた。「夏なんて、もうとうの昔に忘れたよ」とでもいいたげなその風に、私達は戸惑ってしまった。
 
 一ヶ月の夏休み。日本での楽しかった夏休み。もう一度写真を見ながら、少しずつそれを振り返って、記録してゆこうと思う。
 
 8月3日、私達は日本に到着した。空港を出た瞬間にむっと迫ってくる空気と、「ジャンジャン」と耳を圧する蝉の声に、大阪に来たことを実感した。ぎらぎらと照る太陽が、空を夏の色に染めている。
 次の日には早速、子供達は庭のプールで水浴び。水浴びなんてもんじゃなかったかな?水中眼鏡をかけて、水の中に飛び込む。周りで見ている大人まで、びしょびしょだ。トウもレイもおおはしゃぎ。そして水浴びの後は、アイスクリーム。日本の夏って素晴らしい!
 プールの周りには、念入りに四箇所に蚊取り線香を焚いた。大阪の夏にはこれも必需品。最初不用意に外に出たトウは、庭で手ひどく蚊にやられた。赤くはれ上がった後は、水ぶくれになり、それがつぶれて、ひどい様になっていた。
 久しぶりに見る蝉にもトウは大興奮だった。オーパ(私の父親)が手づかみで蝉を取るのを、奇声をあげながら見ていた。自分では死んだ蝉しか、つかめなかったけれど。。。
 8月7日にはカズの実家である釧路に向けて飛んだ。今回は釧路に行く前に、旭川で皆で集合した。カズの両親とお姉さんの家族。みんなで人気の旭山動物園を訪れた。でも、このことは次回に書くとしたい。

2011年8月24日水曜日

日本の夏休み

 8月3日から日本に一時帰国している。カズの実家である釧路で、そして私の実家のある大阪で子供達と楽しい夏休みを過ごしている。気づけばもう三週間が過ぎていて、ドイツに立つまで残すは4日間のみだ。
 三週間の間に、子供達といろんなことを体験した。ドイツの毎日とはまったく違う日々。いや、夏休みはいつだって、どこだって特別でワクワクするものなのだ。子供ができて、楽しいのはこのワクワクを横で少しおすそ分けしてもらえること。この世界の何もかもがまだまだ新鮮な輝きを放っているその子供達の視点、そして驚きを、ちょっぴり一緒に体験できること。
 夏の海の色、むくむくと肉厚な雲、砂に見え隠れする綺麗な貝殻、水にもぐった瞬間に遠ざかる喧騒、足の裏が焼けるような砂の熱さ、海の家で食べる何とも美味しいヤキソバの味、子供の頃にドキドキしたこと。
 子供達の心にはどんな夏休みの景色が焼き付いただろうか。

2011年6月22日水曜日

歌のコンサート


 レイの小学校の他、10校ほどが合同で行なう歌のコンサートに行ってきた。これは市が企画しているもので、10曲ほどの民謡を子供達がそれぞれの学校の音楽の時間に熱心に練習し、その成果として、集まってコンサートをするのだ。トーンハレという、この市では一番由緒ある美しいホールで催された。
 
 何百人という子供達が一斉に合唱する、その歌声は凄かった。父母達はホールの上の方に席をもらえるのだけど、子供達の歌声とエネルギーの渦が上へと湧き上がってきて、圧倒された。そしてレイがこの歌声の中に溶け込んでいるのだと思うと、涙が出てきた。
 小学校に上がる前、レイは学校で皆とうまくやってゆけるだろうか、本当に楽しく過ごせるのだろうかと随分心配をした。心配しだすと止まらなくて、夜中に寝られなくなってしまうこともあった。でも彼女は今、この歌声のひとつなのだと思うと、何か心にしみてくるものがあった。
 最後の曲は、デュッセルドルフの曲。子供達は腕を取り合って、体を揺らしながら歌っていた。ホールが揺れるようなアンコールの呼びかけの後、再びデュッセルドルフの歌。ドイツ人は郷土愛がとても強いのだ。何だかとても楽しかった。

2011年6月12日日曜日

 ドイツに梅雨はないけれど、最近よく雨がふる。きらきらお日様が照っていたかと思うと、突然黒雲がやってきて、凄い勢いで雨を降らせたりする。
 そんな気まぐれなお天気の土曜日、レイが日本語補習校で『雨』という詩を書いた。
 レイが詩を書けるなんて、ちょっと嬉しい驚きだった。子供のまっすぐな感性。先入観のない表現力。子供の頃にいっぱい詩をかかせなくては、もったいないな、と思った。
    雨はじめんに ぼちゃぼちゃ
    かみなりのような音
    でも 空は青空
    きっとどこかににじもあるでしょうね
    雨がやみ 今はお日さまが出てきました。

2011年6月8日水曜日

動物園



 6月は祝日が多いのです。あるお天気の良い休日、パミダの家族と動物園に出かけました。ここから1時間ほど車でアウトバーンを走り、ゲルゼンキルヒェンという街まで行きました。ここは有名なサッカーチーム、「シャルケ04」の本拠地です。そう、内田選手もここでプレーしています。
 ここら辺は、ルール工業地帯の真っ只中。それでも緑がそこここに溢れているのは、ドイツだなと思わされます。そんな中に広大な土地を使った動物園があります。動物園はアラスカ、アジア、アフリカというように3部分に分かれており、その一つ一つが充分の広さを持っています。
 今回はアフリカだけを見て回りましたが、それでも出てくる頃には、もうお腹いっぱい、大満足、体力ももう限界という感じでした。とにかく広い。広い敷地の中にできる限り、その動物達が暮らしやすい環境をつくっています。動物達も他の動物園よりリラックスしていて、普通では見られない動物達の様子を見せてもらうことができました。広すぎて、たまに動物達がどこにいるか分からないところもありましたが。。。
 キリンが6,7頭、群れをなして、ドドッ、ドドッと走っているのを見ました。餌の時間だったのです。草原をかなりの速さで走るその姿に圧倒されました。職員は大きな木の枝の束を車で運んできて、キリンが食べやすいようポールに吊り下げます。早速大人のキリンたちは吊るされた木の葉を食べ始めます。そこにまだお母さん達の大きさの半分にも満たない、子供のきりんがいました。吊るされた木に背が届かない子供は、甘えるように職員の方へよってゆき、車に残った木の枝から葉っぱをむしりとって食べていました。
 カバ舎では、私達が池の中をのぞいていると突如、巨大な顔がぬうっと浮かび上がってきて度肝を抜かれました。その後カバは噴水のところにゆくと、かぱっと大口をあけ、その噴水の水を口に注ぎ始めました。かばが大きな口を開ける図って、よく見るけれど本当に90度ぱかっと開くのです。そして滑稽な長い歯が、奇妙に突き出ているのもみました。カバちゃん大好きなトウマは、食い入るようにカバを見つめていました。
 子供たちの遊び場もところどころにあるのですが、これもテーマに沿って建てられていて、なかなか面白いものでした。レイはもちろん、トウマも随分高いところまで登りましたよ。降りてくるのが一苦労で周りのお姉さん達に助けてもらっていましたが。。。初夏の楽しい一日をでした。

2011年5月8日日曜日

ウサギのフレッキー


 またまたご無沙汰でした。その間に、季節はちゃんとめぐってゆき、若葉のまぶしい5月になってしまいました。イースター、トウマの誕生日といろいろ行事が続き、書くべきことはたくさんあったはずなのに、するべきこともたくさんあって、机に向かう時間と力が私には残っていませんでした。
 
 今日、ご紹介するのはウチの新しいメンバー、フレッキー君。イースターにはウサギが子供達にプレゼントやら卵やらを運んでくるのだけど、まさしくそのイースターの時期に、近所のイタリア人のおじさんのところからウチに越してきたフレッキー。おじさんのところは、もう子供達が大きくなってウサギにも興味がなくなったらしく「欲しかったら、あげるよ!」なんて言うので、即いただいてしまった。おじさんはウサギの家から、餌の皿まで、何もかも一緒に運んできてくれた。
 うさぎにはあまり興味のなかった私だけど、一緒に暮らしているとやっぱり可愛い。耳が長くてたれているところが、なんともいえず愛らしい。

2011年3月30日水曜日

仮面ライダー



 トウは今、「仮面ライダー」に夢中だ。私の両親が「仮面ライダー」や「ゴカイジャー(ゴレンジャーと似たやつ)」をビデオに録画して送ってくれてからというもの、その魅力にはまっている。確かにドイツには、この手のものがない。なんでだろう?結構、子供の番組には厳しい国なので、小さい子供にとって「暴力的」ということなのだろうか。ちなみに、「ワンピース」や「なると」や「ボケモン」なんかは随分前から放映されていて(もちろんドイツ語に吹き替えられています)、ドイツの子供たちにも大人気。
 「仮面ライダー」も受けると思うんだけどな。子供のとき以来、「仮面ライダー」なんて見ていなかったけど、今大人になってから見ていても結構面白いし、とんでもなく滑稽な変装が見ているうちにだんだんカッコよく思えてきたりする。
 トウは、変身の時のポーズなんかをびしっと決めて、悦に入っている。つくづく男の子だなーと思う瞬間。
 
 そのトウ、昨日は仮面ライダーの本を嬉しそうに幼稚園に持って行った。仮面ライダーの魅力満載のフルカラーの絵本で、先週の土曜日、偶然日本の本屋さんで見つけたのだ。
「それ持っていっても、誰も仮面ライダーのこと、知らないと思うよ。。。」と言ったけれど、聞く耳を持たず。大事に抱えて持って行った。
 さて、その日の夕方、幼稚園に迎えに行った折の帰り道、トウは私と手をつないで歩きながら話し出した。
「あのね、今日あの本をクリーク先生に見せたの。そしたらね、先生は『これ変ねー』って笑った。トウ、悲しかったの」
「そうか、泣いちゃったの?」
「泣いてないよ。でも涙がね、一つぽとって落ちた」
「。。。。」
 
 私は笑いたいような、悲しいような気持ちになった。仮面ライダーを知らない先生が、あの滑稽な姿の仮面ライダーと、これまたとんでもない怪獣たちを見た場面を想像すると笑えてきたし、トウがいかに悲しくて寂しかったかそれを考えると泣きたいような気持ちにもなった。子供はその小さい胸のうちに、さまざまな感情を秘めている。それを忘れちゃいけないな、と思った。

2011年3月22日火曜日

レオ君

 東日本大震災がおきてから11日過ぎた。被災地ではまだまだ30万人という人が避難所暮らしをしている。水も食料も電気も薬も医者も不足しているという状況。
 地震がおきてからインターネットサイト「USTREAM」で日本のニュースをよく見ている。日本のリアルタイムのニュースが見られるので、重宝している。被災地の人々が、苦しい状況の中で皆で手を取り合って、頑張っている姿を見ると、何かこちらまで勇気と元気をもらった気分になる。こちらが苦しい状況の人々を励まさなければいけない立場なのにね。でもこういう大変な状況の時に、日本人は一丸となって苦境を乗り越えてゆける民族だと思う。私も日本人の一人として何かをしたい、と思いにかられる。義援金を送ることぐらいしか出来ないけれど。。。
 ドイツでも日本の今回に地震については異例の報道体制で、毎日毎日日本のことを、今はほとんどが原発に関してだけど、報道している。そのため、人々の関心は大きく、今まで話したこともなかったような人が、突然話しかけてきては、私達の親族の安否を尋ねてくれたりする。いろんな人から電話をもらったり、メールをもらったりもした。

 レイは先週末、レイのクラスのマスコットであるライオンのぬいぐるみ「レオ君」と一緒に家に帰ってきた。クラスの子供達が順番に、週末に家に連れて帰るのだ。レイはやっと、やっとレオ君をオウチにお招きできたことに、とても喜んでいた。一緒に遊んだり、勉強をしたり。しかしママの課題は、レオ君の日記をつけなければいけないこと。ノートに5,6、ページにわたって、お母さんもしくはお父さんがレオ君の立場に立って、日記を書いている。結構大変。。。
 私は、レオ君との対話形式で、日本の今の状況について書いた。地震、津波、そして避難生活をしている人のこと。
 デュッセルドルフでは、お日様がぽかぽかと照り、春の到来を告げる花達が楽しげに揺れている。日本の被災地にも、早く早く春が来ますように。そして人々の心に少しでも新しい希望が目覚めますように。そうレオ君と一緒に神様にお願いした。
レオ君と勉強するレイ
レオ君にピアノを弾いてあげるレイ

次の日、ちょうどレイのクラス担任の先生との面談があった。そこで、先生は私の書いたレオ君の日記のことにとにふれ、とても良かったとお礼を言ってくださった。子供達に読み聞かせて、そして子供達と地震のことについて語り合ったらしい。ちょっと嬉しかった。

2011年3月3日木曜日

病気の一週間

 先週の金曜日からトウが熱を出した。続いて土曜日の夕方にはレイの熱も上がった。それから延々5日間トウの熱は続き、ようやく昨日熱が去った。レイは今朝また39度まで熱が上がったので、再び医者に行った。
 診断の結果は、普通の風邪。普通の風邪で、熱が5日も続くのか!?医者いわく、今年のウィルスの特徴で、熱は上がったり下がったりを繰り返しながら5日、悪いときには7日も続くらしい。確かにいろんな人がそんなこと言ってたよなー。
 トンでもないウィルスです。子供も疲労するけれど、親の方もへとへとです。レイの状態は今は落ち着いていて、熱もすっかり下がったように見えます。でもまた喜んでいると、期待を裏切られるかもしれないので、用心、用心。でも本当に今日で病気の一週間は終わってくれるといいな。。。

2011年2月17日木曜日

10年目の記念日


 ブログをさぼっているうちに、季節はいつの間にか移り変わってゆこうとしている。ふと気付くと、スノードロップが可愛い花をたくさん揺らしているし、クロッカスも蕾をつけだした。
 月日はあっという間に流れてゆく。子供達との日々は、本当に慌しくて楽しくて、自分が年を取ってゆくことさえ忘れそうになる。子供は目の前でどんどん成長してゆくというのに!
 今日は私とカズが結婚して10年目の日。大阪の小さなイタリアン・レストランで結婚式をお祝いしてから10年。今日は別に何も計画しているわけではない。カズが憶えているのかも、ちょっと怪しいところ。。。
 せめて良いお肉を買ってきて、ステーキにするつもりなんだけど、私はステーキを焼くのが下手なんですよねー。さて今日は、上手くできるかな?

2011年1月26日水曜日

レイの風邪

 昨日からレイが高熱を出して学校をお休みしている。といっても解熱剤を飲むと、すっと熱もひくので、元気に家で過ごしている。「これだったら学校へ行けるんじゃないの?」などと思ったりもするけれど、それでも無理は禁物。ちゃんと回復するまで家にいなくちゃね。
 明日は元気になって、学校に行ければいいんだけどな。明日はちょっと特別な日なのです。
 1月10日に冬休みがあけてからというもの、レイの担任の先生はずっとお休みを取っていたのでした。その間、レイのクラスの生徒達は二年生や三年生などのクラスを放浪し続けているのです。代理の先生というのも、ちゃんとは存在せず、さまざまな先生が交代で勉強を見てくれている状態。もちろん、充分に目が行き届いているとは言えず、親子ともども、なんだか不安な気持ちを抱えたまま二週間半を過ごしました。
 先生がなぜ休んでいるのか?というのは全く親達には知らされません。そういったことはプライベートなことなので、ドイツでは一切公にはされないそうです。もちろんそういった状態ではいろんな噂が飛び交うわけで、「スキーに行って、どこか骨折したんでしょ」とか「今流行っているインフルエンザに違いない」とか「いやいや妊娠したんでしょ」などど誠しやかに皆語っていましたが、何が本当かは全く分かりません。でもそれもこれも親の心配から出たもの。病名は伝えなくなくとも、先生が何日間病欠するのか、それをすぎたらきちんとまた出てこれるのか、などもう少し、情報を与えてくれてもいいのではないかと思いました。
 とにかく、明日はレイも先生も元気になって学校に行けるよう祈るばかりです。

2011年1月24日月曜日

 しょぼしょぼと陰気な雨が降るので、気分もぱっとしない。インフルエンザがかなり流行っているらしく、かかった人たちは一様に「もう二度と歩けないかと思った」というようなことを口にする。それぐらいひどいらしい。いまからでも予防接種を受けに行くべきかどうか、悩んでいる。カズはもうすぐ一週間の出張だし、さてどうしようかな。

2011年1月1日土曜日

レイの誕生日パーティー

 12月29日に行なったレイのパーティーの様子を少し写真で紹介します。7人の女の子がパーティーに来てくれました。みんな同じ学校に通っている同い年の子供たちです。でももう6、7歳になると個性もはっきり見えてきていて、一堂に集めて相手をしているととても面白いです。
 私がクリスマスの歌をピアノで弾くと、皆が一斉に合唱してくれたのは嬉しかったな。私は子供と接することが結構好きなのだと、この年になってから気付きました。
嵐の前の静けさ。準備万端。
もらったプレゼントを皆と開ける。素敵な物がたくさん!!
ケーキの上の花火に皆の視線が釘付け
ろうそくの火を吹き消した瞬間
顔にペインティングをする人がまた来てくれました。