2021年1月27日水曜日

ストレス

 2月14日までドイツはロックダウン中。学校は全て閉鎖されていて、授業は全てオンラインとなっている。我が家も子供たちはそれぞれの部屋でオンライン授業を受けている。そして私も居間にある仕事机でオンライン授業の配信。コロナを機に、オンライン会議やオンライン授業のツールは急速に普及し、進化して使いやすくなった。家で授業を受けられるなんて、家で授業をすることができるなんて、それが日常になるなんて思いもしなかった。

と言いつつ、この急激な変化についていけていない部分もまだまだある。家も学校もホームオフィス、ホームスクーリングでWi-Fiはパンク寸前。授業をしている最中に、画面がかたまることもしばしば。今日も授業開始早々画面が固まって生徒の顔が全く映らなくなってしまった。どうしよう、そもそも相手側に私の画面は写っているのか。声は届いているのか、それさえ確かめようがない。でも続けるしかしょうがない。コンピュータの黒い画面の前で、反応が何もないところに向かって一生懸命に自分を鼓舞して話続ける気恥ずかしさと虚しさ。これはなかなか体験しないと分からない気持ちだと思われる。ラジオのパーソナリティーもなかなか気恥ずかしいだろうな。でも伝わっているという自信と信頼があったら大丈夫かな、なんて考えが思い浮かんだ。

とりあえず、最後の方でようやく映った幾人かの情報では、私の画面や資料はちゃんと見えていて声も届いていたようだった。独りよがりな感じの話しぶりがとても滑稽に聞こえていたに違いない。授業としても最低のレベルだった気がして、授業後、はげしい自己嫌悪に陥った。

そのうちアクシデントへの対処にも、独りよがりな喋りにも慣れるのかもしれない。でもやはり対面でコミュニケーションを取りながらの授業とは比べ物にならない。

早く元のような日常が戻ってきますように。それまでに私の神経が壊れてしまいませんように。

2021年1月24日日曜日

6年

 6年ぶりにブログを書いてみようかと思った。6年… 随分と時がたったものだな。

子供たちはあっという間に大きくなり、今や高校生と中学生。思春期真っ只中。

私はこの6年で生活が大きく変わったし、やはり自分自身も大きく変わったと思う。

人はもちろん変わり続ける。時は前に進み続け、後ろに戻ることは決してない。何かを手に入れ、何かを失い続ける。年を重ねるにつれ身に染みて感じることだ。

さて、2021年。2020年の始めに出現した新型コロナウィルスはあっという間に世界中に広がった。季節が巡っても感染者数は減るどころか、ますます増えてゆき、この医療の進んだ時代に200万以上の死者を出している(1月現在)。ワクチンが驚異的なスピードで開発されたものの、感染力の強い変異種も登場し、まだまだ状況は厳しい。

そんな状態で迎えた2021年。今はまだロックダウンが続いている。レストランもカフェも閉鎖。デパートやブティックももう閉まってから久しい。美容院も閉まっているもんだから、みんな髪が伸びてぼさぼさになっている。

学校も対面授業はなく、全てがオンラインで行われている。先週までは私は登校して、学校でオンライン授業を行っていたが、今週からは基本的にホームオフィスとなる。自宅からの授業配信だ。

現在のロックダウンは2月中旬までとされているが、その後どうなるのかは全くまだ分からない。このコロナで人の生活の仕方も、価値観も結構変わったように思う。今までの無駄に気づいた部分もあるだろう。あ、なくても大丈夫だったんだ、ってこと。そんなちょっとしたプラスポイントもあったかもしれない。とにかく、少しずつでも前進して、早くこの暗闇を通り抜けたい。暗闇を照らす光を見たい。

写真は今は普通になったマスク付きの顔。同僚の顔ももうマスク姿で頭に刷り込まれている。


ネコのサニーはマスクではなく、エリザベスカラーをつけている。年末年始、脱毛があってつけさせられていた。家に飾ったクリスマスのモミの木を食べたアレルギーだと思われる。そんな時期の写真。

2015年4月26日日曜日

マラソン

今日はデュッセルドルフでフルマラソンが行われました。フルマラソンの前に、子供たちが4,2kmを走る子供マラソンも行われます。今年はトウマが参加しました。小学校で一ヶ月ほど前から、参加する子供たちは授業後にトレーニングをして、本番に備えます。
今朝、8時45分にライン川沿いからスタート。街中を通り抜けて4.2kmを走りました。決して早くはなかったけど、ちゃんとゴールまで走りました。頑張りました!

2014年12月21日日曜日

クリスマス・マーケット

 夏休みに書いて以来、ブログをさぼり続け何とクリスマス前になってしまった。レイアの新しい学校生活、私の日本語補習校での役員としての仕事、毎日が新しいことに満ちていた。
 カズはカズで12月中ずっとパリで仕事をし、週末にだけ家に戻ってくる生活だった。
家族の皆がそれぞれの目の前のことに一生懸命になっていた。
 気付けば今年も暮れようとしている。子供たちも冬休みで、ほっと一息。今日はデュッセルドルフ旧市街のクリスマス・マーケットへ出かけた。クリスマス前最後の日曜日とあり、小雨が時折ぱらつく悪天候にもかかわらず、もの凄い人出だった。ぐるっとマーケットを一回りして、フライドポテトをつつき、焼きアーモンドをつまみ食いして、雰囲気を堪能したら、早々に引き上げて帰ってきた。
 それから家でクリスマスツリーの飾りつけ。今年の木は少し小さめ。だけど子供たちは大喜びで、歌を歌いながらツリーの飾り付けをしていた。
 では、皆さん、メリークリスマス!



2014年8月24日日曜日

白浜

夏休みといえば、やはり海に行かなければ!ということで、オーマ、オーパが白浜へ連れて行ってくれました。
台風が近づいているということで、波は少し高かったのですが、危険なほどではなく、波乗りをしたり、水中眼鏡で貝を探したり、飽きることなく日がな一日、真っ黒になるまで、海で遊びました。

三段壁は海に高さ60メートルもの絶壁が屹立する南紀白浜の名勝です。その岩壁深くには、かつての源平合戦で活躍した熊野水軍の舟隠し場であった洞窟があるのです。
洞窟へは地中深くまでつづくエレベーターで降りてゆきます。一歩エレベーターを降りればそこは薄暗い洞窟の中。洞窟を歩いてゆけば、波が洞窟内へと荒々しく押し寄せてくる場へ出ます。台風が近かったせいで、波は普段よりもずっと荒く、恐ろしい波が洞窟の壁をうちつけています。大人でもその迫力には鳥肌が立ち、恐怖をおぼえるほどでした。
子供たちも青ざめながらも、その光景に見入っていました。

4週間の私達の日本滞在全てをここに記せるわけでなく、私の思い出がここに載せた写真に縮小されてしまうことを残念に思う。でもそれはどうしようもないこと。私の全ての思いを出しつくせるわけがないし、そんなことをしても他の人にとっては退屈なだけだろうから。
でも私の記憶に、子供たちの記憶に楽しかった夏休みの思い出はしっかりと刻み込まれたに違いない。














三島

9年間暮したアメリカを離れ、今年の春から三島の国立遺伝学研究所で働きだした弟。まだまだ新しい生活に入って間もない弟家族を訪ね、お世話になりました。
三島には、自然がたくさん残っていて街の中にも清流が流れ、子供たちがその清流で水遊びをしたり、カニをつかまえたりできるのです。
また車で一時間足らず走り、連れて行ってもらった「富士山こどもの国」は富士山の麓にある広大な公園。いろんなことが体験できるのですが、何より印象深かったのは「ニジマス釣り」。自分で釣り上げたニジマスを串にさして、焼いて食べました。その美味しかったこと!!皆上手に食べて、残ったのは見事に頭と骨だけでした。
そうそう、弟の住む家の裏山にはカブトムシが生息しています。毎晩寝る前には、カブトムシを捕まえにゆきました。最初の数日はなかなか見つからず、カミキリムシなんかで満足していたのですが、最後の夜に大きなカブトムシを一匹捕まえて子供たちは大興奮でした。

素晴らしい自然が残っているところで子供を育てられる弟家族を羨ましく思った私でした。子供はあんなところで暮したら、どんなに楽しくて、そしてどれほどいろんなことを自然から学べることだろう、と。














大阪での日々

大阪では毎日、子供たちは私の両親と遊んでもらっていました。
耳を聾すようなセミの鳴き声と、体にまとわりつくような暑さ。私の大好きな大阪の夏。子供たちは暑さにも負けず、庭でオーパとセミを取ったり、ビニールプールで遊んだり、公園へ行ったりと元気、元気。宿題なんて、もうすっかり忘れてしまって遊びまくりました。
私の叔父さんのお寺にも遊びに行きました。いつもながら溢れるような緑に囲まれたお寺は素敵でした。
そうそう、今回トウマがはまった食べ物はうどん。四週間、トウマは日本各地でうどんを食べまくりました。